Going my way

海外旅行が大好きな半ニートの記録

インド一人旅振り返り②

4月6日

昨日市内案内をしてくれた友達が手作りカレーをご馳走したいと言うので、

午前中にチェックアウトを済ませ、友達と待ち合わせてメトロに乗り、

友人宅へ向かいました。

 

デリー市内から少し離れた場所に友人宅はありました。

マンションの一室でお兄さんと暮らしており、

実家はカマストラテンプルで有名なカジュラホーだと言っていました。

日本語を勉強するためにデリーで生活しており、

実家にいる妹に会えないのが寂しいそうで。

 

ベジタリアンだからいつも食べている野菜のカレーを作ってあげると言い、

近場で野菜を調達してきてくれました。

野菜を切って、炒めて、ガラムマサラと水を加えて弱火で火を通し、

数分放置して完成。

インドのガラムマサラは最強。

これさえあれば誰でもインドカレーを一瞬で作れます。笑

 

私が日本人だからという理由で、わざわざお米まで炊いてくれました。

しかも大量に。笑

本当に有難かったです。感謝。

 

食事の後は列車の時間までチャイを飲みながらダラダラと過ごしていました。

『バラナシなんか行かなくていい!ここより暑いし!

 ずっとデリーにいていいんだよ?

 それか、バラナシに行った後、デリーに戻っておいで!』

何とかして私を引き留めようとする友達。

インド人のこういう所が面倒臭いんだよなぁ。

適当に聞き流しながらお喋りしていると夕方近くになったので、

『そろそろ列車に乗らないといけないから駅に行きたーい』

と宣言し、友達が捕まえたリキシャに乗ってニューデリー駅に向かいました。

 

ニューデリー駅って思ってたよりもずっと広くて驚きました。

実は列車のチケットも事前に友達が手配してくれていて、

チケットの見方から駅のホームの探し方まで全部教えてくれました。

自分は列車に乗らないのにわざわざチケットを買って、

駅のホームまで案内してくれたのも凄く助かりました。

結構時間ギリギリで焦ったけど。

 

 

PM18:55、バラナシ行きの列車が出発。

座席はスリーパークラス、三段ベッドの真ん中でした。

インド人だらけのローカルな環境の中、

珍しく誰にも話しかけられることはありませんでした。

PM21:30頃、隣に座っていたおじさんが

『Do you want to sleep?』

と尋ねてくれたので、

『Yes!!!!!』

と全力で答えました。(実は数時間前から眠たかった)

荷物は全てベッドの上に乗せて、枕代わりにして眠りました。

 

 

 

4月7日

AM6:30頃、ふと目が覚めたと同時に昨日のおじさんと目が合いました。

今思えば数分前からずっと私のことを見てたんだろうなぁ。

『下に降りてきなさい』

と目とジェスチャーを使って指示されたので渋々ベッドを降りて下へ。

すぐさま私が寝ていたベッドは解体され背もたれに。

寝起きだったのでぼーっとしていたら、

AM7:15、終点駅に到着。

おじさん、起こしてくれてありがとう。

 

Manduadihという駅からリキシャーで

ガンガー近くの交差点まで行く必要があったので、早速リキシャーマンと価格交渉。

100ルピーを提示してきたリキシャーに乗って交差点に向かい、

そこから徒歩で予約してあったサンタナバラナシを目指しました。

 

朝食付きで女子ドミ一泊200ルピー。

まじでバラナシは物価が安い!

ベッドが空いていたので部屋に案内してもらい、しばらくぐったりしていました。

 

お腹が空いたのでラッシーでも飲みに行くかと思い、

真っ昼間に灼熱のガンガーを歩いていると、また新たな出会いがありました。

 

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続く。

インド一人旅振り返り①

帰ってきてからだいぶ日にちが経ってしまいましたが、

4月~5月初めまでのインド一人旅をざっくり振り返ってみます。

 

4月5日

インディラ・ガンディー国際空港から

ミニバスとメトロに乗ってメインバザールの入り口へ。

空港内でルピーを調達するのをうっかり忘れてしまって、

ミニバスの料金は払えないし、メトロのチケットはクレカでは買えないし、

初日から大変でした。自業自得だけど。

 

結局ミニバスの料金はドライバーの人が

『わかった!わかった!もういいよ、払わなくて』

と言ってくれたので助かりました。圧倒的感謝。

メトロのチケットは私を見かねた係員のお姉さんが

『これで買ってきなさい。往復分あるからまた空港まで戻って来れるわ』

と言って、自分の財布から100ルピーも私に渡してくださいました…泣泣

初日からガチ泣きしました。本当に申し訳なかったな・・・。

 

 

AM9:30、メインバザールの入口に到着。

懐かしさと同時に、混沌とした灼熱のインドにやって来たことを実感。

宿を予約してなかったので、とりあえず日本人宿のサンタナデリーを目指しました。

ツインしか空きがないと言われ、他の宿にしようかと思いましたが、

初日だし疲れてるし安全性を考慮して、妥協。

料金は800ルピーでした。高いけど仕方ない。

チェックイン前だったので荷物を預けて、

共有スペースで他の旅人さん達としばらくお喋りしてました。

 

お昼になったのでお腹を満たしに外へ。

いきなりのインドカレーは胃に悪いのでラッシーを飲みに行こうと歩いていると

『Hello! How are you?』

と話しかけてくる知らないインド人のおじさん。

無視してもずーっと話しかけてくるので渋々相手をすると、

おすすめのレストランに連れて行ってくれるとのこと。

行こうと思ってたラッシー屋さんの近くにあったので

ラッシーを飲んだ後にそのおじさんと一緒に行ってみると、

地球の歩き方で見たことあるAC付きの普通のレストランでした。

 

私はチキンカレーを食べながら、相手はペプシを飲みながら、

お互い割と楽しく会話してました。

今日はインドに来たばかりで疲れているだろうから、

明日改めてデリーを案内してあげると言い、サンタナの入口まで送ってもらって解散。

いろいろと怪しすぎたので、その後は一切連絡取ってないです。笑

 

 

午後からはカウチサーフィンで連絡を取り合っていた、

デリーに住んでいる同い年のインド人男性に近場を案内してもらいました。

 

グルドワーラーシーク教のお寺)

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・ラール・キラー(レッド・フォート)

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・チャンドニー・チョーク

・アクシャルダーム寺院

 

以上の観光スポットに連れて行ってもらいました。

ほとんど写真が残ってないのが辛いー。

チャンドニー・チョークというのは昔からあるバザールの名前です。

めちゃくちゃ人通りが多いのでスリに注意してください。

アクシャルダーム寺院はニューデリーからメトロで20分くらいの場所にあります。

No Photoですが内装が美しいのでおすすめです。

しかも入場料無料。

 

 

続く。

3週間のボランティア活動を終えて

シスターに無理を言って、三週間という短い日数の間に三ヶ所の施設でボランティア活動をさせて頂きました。

 

Shishu Bhawan

とにかく子どもたちが元気いっぱいでたくさんパワーを貰いました。

子どもが苦手だったはずなのに、

毎日接しているうちに、勝手に築いていた壁が徐々に薄くなっていくのを感じました。

子どもが苦手だったのは私自身が子どもだったから。

子どもたちがその事実を私に教えてくれました。

 

Nirmal Hriday

通称:死を待つ人の家

開設当初はそうだったのでしょうが、

今ではそんな雰囲気はどこにもありませんでした。

身体は満足に動かせなくなってもやっぱりインド人の女性。

気が強くて若干わがまま。笑

しかし構ってもらう相手がいないのは人として寂しいもの。

隣に座ると自然に手を握ってくるおばあちゃんはなんとも可愛らしかったです。

 

Shanti Dan

GirlsとWomenという年齢別に分けられた二つの施設で活動させて頂きました。

他の施設より言語障害を持っている方が多かったため、

自分の力の無さを強烈に感じさせられました。

やってみたいという気持ちも大事ですが、

現場で活かす事のできるスキルを持ち合わせていないと、

やる気が空回りするだけだと思いました。

加えて、根性と適応力をもっと養う必要があると痛感しました。

 

 

それぞれの施設で日本人の参加者にも出会いました。

仕事を退職してからボランティアプログラムを利用して参加された方。

移住先のオーストラリアから遥々やって来た方。

ゴールデンウィークを利用して参加された社会人の方。

旅の途中に興味本位で一日だけ参加されたバックパッカーの方。

 

どの方もとっても興味深いバックグラウンドをお持ちでした。

いろんな生き方を少しずつ垣間見ることができて、

コルカタで出会えたことに感謝してます。

 

 

また、運良く日本人の神父(ファザー)にも出会いました。

この方も20代の頃にマザーハウスでのボランティアを経験し、

一旦は日本で公務員として働いていたそうです。

その後、今後の人生について考えを巡らした結果、

マザーハウスでの経験が大きなきっかけとなり、

キリスト教を信仰し、神父になることを目指したと仰っていました。

(ウル覚えの記憶ですみません・・・)

 

コルカタで正式に神父として認められてまだ二ヶ月しか経っていないとのことでしたが、

貴重なお話をたくさんお聞きすることができました。

実はマザーテレサが亡くなる日の午前中にマザーと握手を交わしたことがあり、

彼女はとてもとても小柄な人だったそうです。

そしてマザーはいつも、

コルカタは貴方のすぐそばにあります。

 まずは貴方の身の周りで困ってる人を助けてあげてください』

このように語っていたと教えて頂きました。

 

 

 

今回の経験をすぐに活かすことは難しいと思っています。

しかし、今後どこかのタイミングで点と点が繋がって線になるように、

仕事上でも生活上でもなんでも良いので、

これから起こる出来事に綺麗に繋がってくれれば良いというが私の想いです。

 

 

Nirmal Hridayのマーシーから何度か言われていた言葉があります。

『アンティ!Smile!! Always smile!!』

私自身が気づいていないだけで、

ふとした時に真顔だったり余程疲れた顔をしていたのでしょう。笑

日本でも世界のどこかの旅先でも

意識して笑顔を絶やさないようにしないと!

笑う門には福来たる!きっと!笑

 

 

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Shanti Dan②

せっかくなら両方の施設を知っておきたいと思い、

二日目はWomenの方で活動させてもらいました。

 

朝一番の仕事は同じ。

洗濯物です。

しかし、Womenの方では何名かが手伝ってくれたため、非常に助かりました!

屋上まで洗濯物を持ってきてくれるのがどれほど有難かったか。笑

 

 

名前は忘れてしまいましたが、

ボランティアを見かけるとすぐに

『アンティ!アンティ!』

と言って駆け寄ってくる若い女性がいました。

悪い人ではないのですが、その人に見つかるともう大変。

ボランティアを独占したくて堪らないらしく、

廊下に椅子を並べて私の隣に座ってほしいと全力でアピールしてきます。

そのくせ気分屋なのか、

お喋りしている途中にふらふらとどこかへ行ったりする、

そんな不思議な女性がいました。笑

 

 

施設にいる方は寝る時以外、廊下に並べてある椅子に座って過ごしています。

ティータイムの後、お昼ご飯まで少しだけ時間があったので、

おばあちゃん達に話しかけてみました。

 

その中でも一番親しげにお喋りしてくれたおばあちゃんの声が

今でも鮮明に耳に残っています。

ベンガル語と思わしき言葉で一生懸命お話をしてくれるのですが、

さっぱり理解できないので一生懸命ニコニコと笑っていると、

突然髪の毛を整えてくれたり、(多分)私の笑顔を褒めてくれる、

そんな可愛いおばあちゃんでした。

朝一番は挨拶として手の甲と両頬にキスをしてくれました。

おばあちゃん子だったから本当に嬉しかったなぁ。

 

 

こちらの施設でのお昼ご飯は、あまり手伝うことはありませんでした。

一度だけ寝たきりのおばあちゃんにお食事の補助をしたくらいで、

ほとんどの女性が自分の力で食事を取ることが出来ていました。

 

 

食事が終わり後片付けが完了すると、Girlsの方のヘルプに向かいました。

両方の施設を比べると、やはりGirlsの方が圧倒的に大変だと実感しました。

 

Shanti Dan①

Nirmal HridayとShishu Bhawanでのボランティア活動の傍ら、

帰国に向けての準備を順調に整えていました。

そして!

ついに!

5月9日の昼過ぎに日本へ帰国できることになりました…!!!

ようやく帰国できる目処が立ち、とてつもなく嬉しかったことは今でもしっかり覚えています。笑

 

 

帰国日まで一週間ほど時間があったので、

事前に登録していた期間を延長してボランティア活動を行うことにしました。

合わせて、現地で仲良くなった香港人の友達と同じ施設で活動できたら・・・と思い、

シスターに相談してみることにしました。

 

私:活動期間と活動場所の変更をお願いします!

シスター:活動期間はいつまでにしますか?

私:5月8日までにしてください!

シスター:わかりました。活動場所の希望は?

私:午前はShanti Dan、午後はNirmal Hridayでお願いします!

シスター:それはできません。活動場所の変更は午前か午後のどちらか一回のみです。

私:友人と一緒に活動したいのでそこをなんとか・・・。

シスター:友達ではなく施設にいる人々を見なさい。

     本来、一度登録した施設では最低3週間活動しなければならないのです。

     この意味がわかりますか?

私:あ、はい・・・。よくわかりました・・・。

  午前のみShanti Danに変更をお願いします・・・。

 

 

全く知らなかったのですが、

活動場所の変更は午前か午後のどちらか一回のみだそうです。

また、一度登録した施設での活動期間は最低3週間が目安と言われました。

欧米人の参加者は活動期間を一ヶ月や三ヶ月単位で登録している方が非常に多かった反面、日本人参加者は長くても二週間程度の方ばかりだったので、マザーハウスでのボランティアに対する意識の違いにシスターとの会話を通じて気付かされました。

 

やっぱりシスターって凄いなぁ。

ていうか、私の考え方が甘すぎた。深く反省。

 

 

というわけで、

コルカタで過ごす最後の一週間はShanti DanとShishu Bhawanでボランティア活動をさせて頂きました。

 

*Shanti Danとは

 Shanti Danの中にはGirlsとWomenという2つの施設があります。

 ボランティア活動ができるのは女性のみです。

 Girls:中学生前後の女の子達のための施設。

    全員歩行障害を持っており、車椅子を使って生活しています。

    言語障害がある子も多く、マーシーやボランティアの補助が必要。

    Shishu Bhawanから育ってきた子が多いそうです。

 Women:主に高齢の女性のための施設。

    20代~30代とみられる女性も3割ほどいました。

    高齢者の中には歩行障害を持った方や、

    寝たきりの方が何名かいました。

    Nirmal Hridayのおばあちゃん達と

    そんなに変わりはないように見えましたが、

    性格はShanti Danにいるおばあちゃん達の方が

    とてもフレンドリーに感じました。(個人の感想)

 

 

初日はGirlsの方で活動しました。

朝一番の仕事は洗濯。

Nirmal Hriday同様、洗濯物の量がものすごく多いので大変でした。笑

インド特有の強烈な日差しも辛かったなぁ。

 

洗濯の後はティータイムを挟み、お昼ご飯の準備に取り掛かります。

私は食事の補助をお手伝いしました。

今までやった事がないからか、やっぱり難しい。

なかなか食べてくれない子に対して、

どのように接するべきか困り果てた覚えがあります。

見かねたマーシーがこんな感じで食べさせてあげれば良いと教えてくれましたが、

結構雑だったので本当にこれで良いのかと思ったり。

 

食事が終わった順にトイレに連れて行き、必要に応じて服を着替えさせ、

指定のベッドに寝かせるまでがボランティアの仕事。

この過程が一番時間が掛かる活動で、

マーシーはあまり手伝ってくれないので余計に大変でした。

前もってトイレに行ったのに、ベッドに到着してから粗相をしてしまう子もいたので、ベッドに連れて行ったからといって気が抜けなかったです。

 

この日の活動が終わったのが午後一時過ぎ。

初めての事だらけでぐったりでした。

 

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Nirmal Hriday

4月25日以降、午前中はNirmal Hridayという施設で活動することに決めました。

本当はシスターに相談しないといけないのですが、登録証を確認されない限りは大丈夫だと思い、ローカルバスに乗ってNirmal Hridayへ向かいました。

(シスター、すみませんでした・・・)

 

 

*Nirmal Hridayとは

 Kalighat(カリガート)や、死を待つ人の家と呼ばれている施設。

 コルカタで有名なKalighat Templeの近くにあります。

 元々、路上生活者だった方が中心に生活しています。

 男女合わせて100人前後はいました。

 高齢の方が大半で、

 酷い怪我をしている方や自力で動くのが難しい方が数多くいました。

 

 

マザーハウスからローカルバスで片道8ルピー。

Kalighat Templeにお供えするお花などを売っている露店街を通り抜けた先に施設があります。

入り口には門番の男性が座っており、登録証を見せるように言われました。

『あ、マズい、これはバレる・・・』

内心めちゃくちゃ焦りながら、カードを見せました。

ところが、ボランティア日数を確認されただけで特に何も言われず、

無事に施設の中に入ることができました。

(シスター、本当にごめんなさい・・・(二回目))

 

 

Nirmal Hridayはマザーテレサが一番初めに建てた施設です。

そのため、ボランティア希望者がとても多く、

時には人数制限がかかると噂に聞いていたのですが、

私が行った時はピークから外れていたのか、

そこまでボランティアの人数は多くなかったです。

 

欧米人のボランティアがほとんどで、日本人は私だけでした。

備え付けのエプロンの置き場所さえわからない状態だったので、

活動初日は周りのボランティアの行動を観察するのに精一杯でした。

 

 

Nirmal Hridayのメインの仕事は朝の洗濯。

男女合わせて数百人分の衣服やベッドシーツ、枕カバーなどを

洗剤が溶かしてある水道水の中でひたすら手洗いします。

ゴシゴシと擦ったりはしないのですが、

乾燥機に入れる前に一つずつ手で絞っていくのが結構大変でした。

子ども服と違って、大人の服は大きくて生地が固めなので、

すぐに手の平が真赤になってしまいました。

この作業を毎朝ここにいるシスターたちはやっているんだと思うと、頭が下がります。

乾燥機での脱水が終わったら、干すためにカゴに入れて屋上まで運びます。

山盛りの洗濯物を屋上まで運び、かんかん照りの太陽の下、

みんなで手分けして干していきました。

4月のコルカタの太陽を甘く見てはいけません。

気温は恐らく昼前で38℃前後。

私は洗濯物を干し終わり、空っぽになったカゴを洗濯場に持っていく途中、

階段でバランスを崩してしまい、派手に尻もちをついてしまいました。

(眼鏡割れなくてラッキー!笑)

多分、軽い日射病に罹ったのだと思います。

屋上で活動する際は帽子とサングラスの持参をおすすめします!

 

 

洗濯が終わるとボランティアのためのティータイムが始まりました。

特に決まってはいないのですが、だいたい朝の10:30~11:00くらいまで、

全ての施設でティータイムというものがあります。

ミルクチャイ(もしくはインド風の甘い紅茶)、ビスケット、バナナなどを用意してもらえます。

チャイや紅茶を飲み、ビスケットやバナナを食べながら、

ボランティア同士お喋りしたり、ゆっくりしたり、時間の使い方は自由です。

一カ所にボランティアが集まるので自然と会話に加わる感じにはなってしまうのですが。笑

 

 

ティータイムの後はお昼ご飯の時間まで、

施設で暮らしている人たちと自由に接して過ごしていました。

話しかけたり、マッサージをしてあげたり、

自主的に歩行練習を行っているボランティアもいました。

ちなみに部屋は男女別になっていて、

男性がいる部屋で女性が活動することはできません。(その逆も不可)

おばあちゃんたちは普段、椅子に座って(座らされて)いるようで、

ベッドで横になるのはご飯の後だけみたいです。

もちろん寝たきりのおばあちゃんもいましたが、人数は少なかったです。

てっきりほとんど全員ベッドで寝ているものかと想像していたので、

正直元気なおばあちゃんが多くてびっくりしました。

簡易ベッドが室内に勢揃いしている様には多少衝撃を受けましたが、

死を待つ人の家というよりは、簡易な老人ホームのようだと思いました。

 

 

11:30頃からお昼ご飯が始まります。

自分でご飯を取りに行けない人たちのためにご飯を配ったり、

食事の補助をしたり、水を運んだりしました。

用意されるご飯は毎日カレーです。

いずれかのカレー(具は豆、魚、鶏肉、野菜のどれか)と、

ご飯かチャパティアチャール(インド風の漬物)がセットになります。

もりもり食べる人もいれば、全く手を付けない人もいて、

大人相手になんて声をかけるべきか悩みました。

シスターやマーシーに促されてようやく食べ始めてくれたので安心しましたが、

自分の不甲斐なさに少し悲しくなりました。

 

 

食べ終わった人からベッドに移動します。

お皿やコップなどの洗い物をする係と、

おばあちゃんたちをベッドに連れて行く係に自然に分かれました。

歩けない人はボランティアがその人のベッドまで

椅子ごと引っ張って移動させるのですが、

楽をしようとして、歩ける人まで椅子でベッドまで運んでほしいと言うものだから、

この仕事には一苦労しました。

全員をベッドまで移動させると午前中の活動は終了です。

 

 

想像していた死を待つ人の家とは全く別物だったので、

初日から学ぶことがたくさんありました。

中でも施設にいるおばあちゃんたちが割と元気だったのが驚きでした。

 

 

Shishu Bhawan

4月21日からShishu Bhawanで本格的にボランティア活動を始めました。

ボランティア活動と言っても相手は子どもたちなので、彼らの遊び相手になってあげるのがメインの活動でした。

ハンディキャップを持った子たちと接するのは今の私にはちょっと難しいなぁと前回実感したため、主に一階で活動することに決めました。

 

 

この一階で生活している子どもたちがとっても元気いっぱいで・・・。笑

人数は男女合わせて40人弱だったように感じました。

一緒にダンボのDVDを観たり、おもちゃで遊んだり、施設の中にある公園で子どもたちと一緒に汗だくになるまで遊んだりしました。

ボランティアに構って欲しい時は

『アンティ!アンティ!』

って呼んでくれるんですが、何人もの子から呼ばれると一体誰のもとに行けばいいのかわからなくて、そんな時は自然とボランティアの奪い合いが繰り広げられていました。笑

 

 

正直子どもと触れ合うのは苦手だったので、

『どう接したらこの子たちは喜ぶんだろう・・・』

と、初めのうちは頭の中でずっと自問自答していました。

ですが、

『答えなんて特にないんだよなぁ・・・基本自由だもんなぁ・・・』

と、開き直ってからは、マーシーから注意されない限り、自分なりに子どもたちと接して過ごしていました。

 

 

日本の子どもみたいに“たかいたかい”をしたら喜ぶかなーと思ってやってみると、見事に大喜びされて

『アバイ!アバイ!(もう一回やって!)』

と何度もせがまれて疲れたこと。

公園で遊んでる時、すべりだいで遊びたいと女の子にお願いされ、

自力では階段を登れそうになかったので手伝ってあげると気に入ったのか、その後何回もお手伝いさせられたこと。

一人の男の子が突然私の前でお歌を歌い始めたので、リズムに合わせてそれとなく一緒に歌ってあげるとめちゃくちゃ喜んで何回もリピートして歌ってくれたこと。

甘えたい盛りなのか、一緒に遊んでいる際に何人もの子どもが膝の上に乗ってきてくれたこと。

これら全てが私にとっては初めての経験であり、自分の中にあった子どもに対する抵抗感が徐々に徐々に薄くなっていきました。

 

 

マーシーの行動で驚かされた場面が一つだけありました。

食事の補助に入ったは良いものの、ご飯を食べながら遊んでいる始末で途方にくれていると、マーシーがお手本を見せてくれました。

そのお手本がびっくりするようなやり方だったんですよね。

遊んでいる子どもを自分の正面に向かせ、無理矢理口をこじ開けて、スプーンでご飯を次々に流し込んでいくという、日本ではあり得ない食事の補助の仕方でした。

当然泣き出す子もいれば、ご飯が飲み込めなくて口から溢れている子もいて、

『え、これがインド式なの・・・???』

なんて思ってしまいました。笑

 

 

一体何が正解で何が間違いなのか、

“文化の違い”という一言で片付けて良いのか、

そんな事を疑問に抱えながら、

翌週からはNirmal Hridayで活動してみようと決めました。